次第に開く

とてもじゃないけれども調べきれません。だから、それぞれが持っている知識をすり合わせることになりますが、ぼくや編集の方は、

「太平御覧」などの類書を引いて文法的なことを考えるのがメインで、道教の中の行法の知識は不足しています。
乾造 清渓 未だ満ちずして 月光来たる  花裏の禅機 次第に開く 只心猿を守り 鶴を放つ休(なか)れ 五雲 応に自ら霊台に聚(あつ)まるべし などは、浮気調査 和歌山 外側にある事象や事件ではなく、内面を充実させよという趣旨です。結句の「五雲 応に自ら霊台に聚(あつ)まるべし」というのは、識、気、精などの五体とよばれるものが集まってくるという意味です。
高校生のころ、幻想、暴発的な体力、知識、性欲…といったものが集まってきて、一気に難しい数学の問題が解けるといった異常な心理状況になることがありました。ああいう心理状況でしょう。 ところが「心猿」を「神」とした中国人の掌門の注釈が間違っていたのでした。
そこで、こう書きました。 (「心猿」が「神(しん)」というのは、よくわかりません。「心猿より守り」が正しいかと思います。心猿には、悲しみや煩悶などのイメージが似つ かわしいからです。